琉球新報社提供 「落ち穂」01 2019.1.12掲載
先日、相棒の馬を新しい放牧地に放した。その土地には雑多な草が折り重なるように生えていて、足を踏み出せば腰の高さほどにもなった。
馬を放し日がたつうち、一面ぼうぼうと茂っていた草原に模様ができてきた。はじめはうっすら、それがだんだんくっきりとしてくる。馬が気の向くまま草を食べ、歩き、遊んでいる間に自然と道ができたのだ。目的地のある真直ぐな道でなく、あっちにつながり、こっちにつながり、ランダムに巡っている。馬が作ったようでいて、その実、自然の要素と偶然が重なって道を生じさせたとも言える。
私はすこし高い場所から、不思議な模様を描く馬の道を眺めていて、ふと、このありようは与那国で始めた本作りに似ているなと思った。
東京で長い間、本に関わる仕事をしていた。ある時、自分でも言葉にできない感覚に導かれて、馬と暮らすため与那国島に移り住んだ。そして七年前に『馬語手帖』という本を書いた。その時考えたのは、これまでの出版とはなにか違う手触りで、本を作り読者に届けることはできないだろうかということだった。なるべく小さく、やわらかく、自由でありたいと願った。
それで一度に三百冊ほど印刷し、売れて在庫がなくなったら増刷するという形をとることにした。一般的な出版流通には乗せず直営のオンラインストアを販売窓口にした。こうして小さな出版社が船出した時は、本を書いた当人も、一緒に本を作ってくれた仲間たちも、ただ何もない原っぱに馬を放したような心持ちでいたと思う。
ありがたいことに、ちょっと変わった馬の本がはしっこの島にあるらしい、という話が人から人に伝わって、日本のあちこちから注文が届くようになった。ほどなく、本に目を留めて扱いたいと言ってくださる独自の視点を持った書店さんも現れた。書評を書いてくださる方もいた。ゆっくりと、じわじわと、巡り巡って気がつけば、そのようにして読者に届けた『馬語手帖』はいま八千冊あまり。その道はやはり馬が作ったのだと思う。馬は私たちを知らない場所へ連れて行く。
text by 河田桟