琉球新報社提供 「落ち穂」10 2019.6.12掲載
「馬語手帖」を出版後、ありがたいことにたくさんの方から「続編を読みたい」という声が届いた。うれしかったが、一方で途方に暮れてしまうような心持ちにもなった。
コミュニケーションは対話だ。「馬の話を聞く」ことの続編は当然「人が馬と話す時にどうすればよいか」が焦点となる。聞き手としてニュートラルな立ち位置で本を書いた前作と違い、話すほうは、その人がどのように馬と関わりたいか、その感じ方、考え方抜きには語れない。私が本を作るとしたら、私の視点から書くことになるけれど、それは今の日本の人と馬をめぐる環境の中では、ずいぶん偏ったものになると思われた。はたしてそんな本を読みたい人がいるのだろうか。
馬は大きくて力もある。その馬と安全に関わろうとするなら人が馬のリーダーになるべきだ、と考えるのが王道だ。実際に、これまで人と馬のコミュニケーションを扱った本は、「馬を人の意に添わせるにはどうしたらよいか」というアプローチを取るものがほとんどだった。
私は上下関係をはっきりさせるため馬に対してプレッシャーをかけることが苦手で困っていた。精神的にも身体的にもリーダーになる資質ではなかった。でも目の前には自分の馬がいる。なんとか別の角度からコミュニケーションを取り、試行錯誤しつつ関係を築いていくしかなかった。今もそのプロセスの中にいる。
やはり本を作ってみようと思ったのは、馬のそばにいたいけれど、今ある流れにはどうにもなじめず、「はしっこ」にいるような感覚の人が他にもいるかもしれないと思ったからだ。身体的に力がなかったり、精神的に受動的だったりして、馬に対して強くなれない人は私の他にもいるだろう。それならへんてこなアプローチを取る本が、この世に一冊ぐらいあってもいいのはないか。そんな思いで「はしっこに、馬といる」という本を作った。
不思議なことに、馬と関わっていない方からもたくさんお手紙をいただく。子供との関係、人との関係、その他諸々の関係と結び合わせて読んでくださったようだ。
text by 河田桟