琉球新報社提供 「落ち穂」11 2019.6.28掲載
地球儀型のボールを手元に置いていたことがある。ふとした時に手に取り、くるくる回す。軸が固定されていないので、どの角度からも見ることができる。たとえば北半球を視界に入れず南端から地球を見ると、海の占める割合の大きさに驚く。いろいろな角度で地球を眺めれば、見慣れた星とは思えない知らない風景が次々に現れてくる。
そんな遊びをよくしていたから与那国島で暮らし始めた時も地球儀を見た。今はコンピュータ上で地球を回して好きな角度から見ることができる。与那国島を真ん中にして地球を眺めた。お隣の台湾の大きさ。東南アジア、ポリネシア、オセアニアの島々への近さ。空を渡って行き来する鳥たちや虫たち、海を泳ぐ魚たちが生きている世界をすこし感じられる気がした。「日本地図の一番はしっこ」という印象とはまるで違う自由で豊かな風景が見えてくる。
馬のそばで暮らし馬と会話していると、やはりはっとすることがよくある。馬の視点から世界を眺めてみると、人間が見ている世界とはまったく違う風景が現れる。さっきまで同じ場所に立っていたはずなのに、なにかがぐるりと転回し、今は別の風景の中にいる。不思議なことだ。
私達が「世界はこうなっている」と信じているものは、とても狭い領域なのかもしれない。視点を変えればいくらでも別の世界が現れる。
馬を野に放すと自然に道が作られる。そこに新しい風景が現れる。いったん道ができると馬は同じ場所を通るようになる。そのほうが楽だから。道は太くなり、土は固まり、ますます道らしくなる。
ここで留まらないのがおもしろいところ。与那国島の自然は日ごとぐんぐん姿を変える。大雨が降ったり、かんかん照りが続いたり、台風が吹き荒れたり。ものすごい勢いで草木が育ち植生を変えていく。馬はそうやって変化する自然に対応しながら、また新しい道を作っていく。
この島で生まれた本は、日本のあちこちで暮らしている人にどんな風景を届けているのだろう。それが馬や鳥や虫や魚たちが見ているような風景であったならうれしい。
text by 河田桟