琉球新報社提供 「落ち穂」05 2019.3.21掲載
遠くの丘に、ちらっと動く小さな影が見えた。馬だろうか。気持ちがぴょんと飛び跳ねる。やはり馬だ。嬉しさがこみあげる。ふだんぼんやり過ごしているし、視力もよくない私だが、馬に対してだけはいつでも瞬時に反応する。深い集中が起こる。あれはどういう脳の働きなのか。
私の場合は馬だけれど、鳥が好きな人は鳥を、花が好きな人は花を、無数の要素があふれる世界から見いだしているのだろう。その対象が本という人もいるはずだ。
カディブックスは当初オンラインストアでの直販を基本に考えていた。ところが始まってしばらくすると、ぽつりぽつり遠くの書店さんから本の取扱いについてお問い合わせをいただくようになった。日本で出版される新刊は1年で7万点以上にもなる。なぜ最果ての小さな出版社の本に目を留めてくださったのかと驚いた。そうして取引が始まった書店さんが今や日本各地に50軒ほどある。
遠方に暮らしているため、実際に訪ねていけないことがほとんどだが、それぞれの店が独自の空間をもっておられるのは気配から伝わってくる。本という媒介を通して、言葉を交わさなくとも柔らかな対話がなされているような。その店に来れば見たことのない風景に出会えると、楽しみに通う人がいるような。
そういう店の主は物静かに見えるかもしれないが、きっとある種の狩人だ。鋭い感覚と深い洞察力でどこからでも本を見つけてくる。はるか遠くにあってもそこに何か感ずるものがあれば「あ!」と見いだすアンテナがあるのだろう。その力は自分のためでなく、本を読者へ手渡すために使われる。
那覇の公設市場にある「市場の古本屋ウララ」を営む宇田さんもそのひとりだ。足を踏み入れると、たった2坪の小さな空間にあふれんばかりの生命力を持った沖縄の本が並んでいる。思わず時間を忘れて見入ってしまう。その棚にカディブックスの本も置かれている。なんとうれしいことか。市場を行き交うたくさんの人を眺めながら、次にこの本を見つけてくれるのはどんな方だろうと考えた。
text by 河田桟